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高松高等裁判所 昭和26年(う)1080号 判決

控訴人 被告人 川西孝明

弁護人 梅田鶴吉

検察官 田中泰仁関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

末尾添付弁護人梅田鶴吉控訴趣意第一点について、

記録に依れば原判決は判示第一事実を認定する証拠の一つとして検察官事務取扱副検事に対する後藤忠司の第一回供述調書謄本を掲げているが該供述調書謄本なるものは本件記録中に存在せず又公判期日にこれが証拠調をした形跡も認めることが出来ない、又原審第一回公判調書に依ると同期日に検察官は検察官作成の後藤忠司に対する第一回供述調書について証拠調の請求をしたがこれに対しては弁護人に於て同意しなかつた為裁判官が右請求を却下する旨決定したことが明かであり、叙上の事実は洵に弁護人所論の通りであつて原判決は虚無の証拠を罪証に供した違法のそしりは免れない、しかし飜つて考へると右後藤忠司の副検事に対する第一回供述調書謄本なるものは証拠調をしなかつたことは勿論元々本件記録中の何処にも存在しないものであるから所詮原審は右書面の内容を諒知する筈もなくとつてもつてその心証を形成するに由なく、右は全く原審が粗漏の結果証拠の標目の列挙を誤つて誤記したものと云はなければならない、而してかような虚無の証拠の外他に何等の証拠も存在しない場合は格別適法に取調べられた他の証拠に依つて該判示事実が肯認し得られる限り右の違法は判決には影響を及ぼさないものと解するを相当とする、今原判決が右判示事実を認定する証拠として掲げた他の証拠に依つて勘案するに同判示事実はこれを明認し得るのみならずこれ等各証拠については採証の法則に誤りがあるとも認められないので論旨は理由がない。

同第二点について、

記録を精査しこれに現はれた諸般の情状を参酌考量するも殊にその前科等と対比し原審の科刑は相当であり何等不当と認められないから論旨は採用出来ない。

又所論は判示第三、第四の行為について原判決は被告人は当時心神耗弱の状態であつたと認めながらこれに酌量減軽の規定を適用していないと批難するが、原判決に依れば判示第三、第四の事実につき刑法第三九条第二項を適用して法律上の刑の減軽を為している以上更に酌量減軽を為す必要もなく論旨は到底これを認容し難い。

その他原判決にはこれを破棄しなければならないような事由もないので刑事訴訟法第三九六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 太田元)

弁護人梅田鶴吉の控訴趣意

第一点原判決は被告人に対し有罪の判決を言渡すに当り其の証拠の標目を示すに付き、「判示第一事実について、一、司法警察員作成の被告人に対する第一回供述書一、検察官事務取扱副検事に対する後藤忠司の第一回供述調書の謄本及被告人の第一回供述調書一、当公廷に於ける証人藤川道夫同後藤忠司の各供述 を掲げ之れを被告人に対する判示第一事実に対する有罪の証拠として居る。然るに原審記録を精査するに右原判決証拠に掲げられて居る「検察官事務取扱副検事に対する後藤忠司の第一回供述調書謄本」なる書面は発見する事が出来ない。又原審全公判調書を閲するも右証拠の取調をした記載は無い。只昭和廿六年六月卅日に於ける原審公判期日に於て検察官は「検察官作成の後藤忠司に対する第一回供述調書を証拠としたい旨述べて之れが書類の提出をして居るが之れに対し弁護人は之を証拠とする事に同意しない旨意見を述べ裁判官は右書面を証拠とする事を却下する決定をして居る事は原審記録上明かである。

然らば原審訴訟手続に於ては右供述書の原本を提出したが裁判官は却下して遂に証拠調べをする事なく結審せられたもので右書面も亦原審記録中に存在する事が無かつた次第である。然るに原判決が証拠として採用せられ証拠調べをして居らない書面然も記録上存在しない書面を証拠として被告人に対する有罪の判断の資料としたのは違法の判決であると言はなければならない。原判決は既に此の点に於て破棄を免れないものである。

第二点原判決は被告人に対し懲役六月を言渡して居るが該判決は刑の量定不当であり此の点に於ても破棄せらるべきもののと確信する。原判決は訴因事実中形の上に於て重く見られる第三、第四の犯行については其の犯行の当時被告人は心神耗弱状態にあつた事を認め且つ訴因第一、第二の犯行当時に於て相当酒に酔つて居た事を認定して居るが、右原判決が訴因第三、第四事実につき認定した様に被告人は酩酊時に於ては精神障害を起し病的状態となる事は記録上明らかであり第一、第二各事実につき心神耗弱状態であつたと認定し得なかつたとするも当時の被告人の精神状況は心神耗弱に近きものであり其の程度こそ耗弱の程度に至つて居なかつたのみで病的状態であつた事は原審記録を通じ明かな処である。

原審は右の事実を考慮せず然かも訴因第三、第四の最も重い行為につき心神耗弱状態であつたと認定し乍ら之れに対し酌量減軽の規定を適用せず酌量減刑を為さず検察官求刑の通りの懲役六月を量定して居るもので、此の刑の量定は失当であると云はねばならない。右各事実並に情状に見て被告人に対しては罰金刑を量定すべきものであり、少くとも相当軽き刑を量定すべきものである。此の点に於て原判決は破棄を免れないものである。

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